さといも掘り後遺症が2週間

先月末、家庭菜園のサトイモ堀をした
腰掛けるものを使えばよかったのに、中腰のままで掘った子芋をばらした
夕方から忘年会があったので、休憩もせず無理な姿勢のまま続けた。
それから二日後のこと、小学校のパソコンクラブに行き、準備をしていて配線がおかしいと机の下にもぐったら
足の付け根あたりが「グキッ」として、庇いながらなければ痛くて歩けなくなってしまった。
何とか車で家まで帰ったが、このままだと「救急車をお願いしないといかないか?、」
一晩寝たら、その痛みなくなっていたので、車を運転して「整形外科」で受診した。
「レントゲン」で調べた結果「脊柱管狭窄症」だろうとのこと
鎮痛剤と湿布とリハビリで様子見
それから10日後、「ゴルフコンペに参加した
なんとかキャデイつきで1ラウンドまわれたがカート道近くで勾配の急なところはキャディさんの肩を借りながら
まるで介護老人のゴルフみたいだった。
あれから2週間、やっと通常に戻ったようだ

80歳も過ぎたのに親不知が生える

80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020(ハチ・マル・二イ・マル)運動」は、もう手遅れの私ですが、
昨日わずかに残った歯の一本である奥歯を抜歯しなければならなくなった。
抜歯すり前に、欠片が残るといけないとレントゲンを撮って確認することになった
そのレントゲン写真を見ると、抜く奥歯の奥に、きれいな歯が写った。
医者は、これは親不知だ、奥歯が邪魔して伸びなかっため、歯茎の皮膚に隠れたままだったのだろう。
奥歯を抜歯して邪魔するものがなくなったのでこれから伸びてくるかもしれない!。
と歯医者に励まされた。

愛車がプリウスαからシエンタへ

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高齢ドライバーの事故が騒がれているので80歳を超えて私に、息子が安全装備の付いた車にするようにとわざわざ電話をしてきたし、一緒に使っている女房も今のプリウスαは車庫入れがしにくいのでもっと小さい車しないかを言われていたので、5ナンバーのシエンタにすることにした。
消費税の8%のうちにと思い7月に注文した。
ハイブリット車は3か月以上待ちで、消費税の上がる9月末までには間に合わなかった。しかし消費税2%アップでも、10月から自動車取得税3%が廃止になるので、逆に1%得をした。
心配したのは家庭菜園の草刈りに行くのに、シートを倒して、長い草刈り機が積めるかだったが、甲奴席を荷台にしたスペースはプリウスαとほとんど同じだった。
幅がゴルフバックを横に積むと若干窮屈、ちょっと斜めにすれば問題なし。
今まで助手席のフローに大型犬ラブラドールが丸まって乗っていた。
ここも若干狭くなったが、フロアが運転席側とつながっているので問題なく乗れた。
車庫入れ時、ピーピーと「横の柱や後ろの家に壁にぶつかるぞ!」と警告をされるが、無視してもスローなら自動ブレーキは作動しない。
これで懸案事項はすべて解消した

豊田市千足町の広大な休耕田でコスモスが満開

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豊田市千足町の農地は、3区域に分けて、まとまって休耕をしている
その休耕田約4ヘクタールに地区の各種団体がコスモスの種を蒔き、営農団体が面倒を見て、秋に一面に咲き誇るコスモスを眺めながらのウオーキング大会を地域の行事として行われている。
今年も先日の日曜日に開催されたので私も女房と一緒気参加した。
4kmのウオーキングのあと
バザーの焼き鳥をつまんでビールを飲んだり焼きそばを食べたりしながら、青空の下で
同じ地域に住んでいても、この時にしか顔を合わさない人も結構多いので懇親を計った

今週中は見頃です。
一般開放をしているのでご覧になってはいかがですか

今年も回ってきた子供みこしの団地内練り歩き

20191008.jpg昭和58年(1983年)、私が団地の自治会長を務めた。
その時「子供たちに故郷を」という目的で、空の酒樽に紙を束ねた造花を挿し、竹に紅白の布を巻いた台に載せた神輿を自治会役員と子供会の役員で手作りして小学生、中学生で団地内を練り歩く行事を始めた。
まだ団地ができて10年程度だったので子供が沢山いて、にぎやかな行事となった
以来、昭和天皇の崩御の年を除き、毎年続けられてきた、途中で金持ちの人が自治会長の時に本格的な神輿の寄贈があったので、手作りすることがなくなり、子供の数が減り重いので大人の役員が担ぐようになり、その後重いので台車を作り引いて歩くようになった。
今は獅子頭を張りぼてで作り唐草模様の布で胴を作って、祝儀を獅子の口で集めるという工夫がされた
今年は子供が増えてきてた。
幸い団地の各戸の敷地が広く、二世帯住宅が増え、団地3世が小学生になっているのだろう
「子供たちに故郷を」の思いが続いていることをうれしく思い、獅子頭に祝儀を私、神酒をいただいた。



帯状疱疹後神経痛発症から2年経過

2年前の9月に帯状疱疹に罹った、3週間ほどで疱疹は治癒したが痛みが残り、さらに強くなってきた。
帯状疱疹後神経痛という病名の付いた病気、高齢者が帯状疱疹に罹ると、発症する率が高いようだ。
神経自体が傷付いて壊れてしまって、それを治すことができないので、痛みを脳に伝わりにくくするしかないらしい
神経ブロック(ペイン)、という背骨の外包に麻酔を打つ治療を2周間隔で始めた
あわせて朝晩、リリカOD75mg2錠、寝る前にトリプタノール10mg2錠を服用した
普通の病気や傷は数週間たてば治る、そんな認識でいたが、なんと2年たった今、痛みが軽くなったとはいえ、まだ痛みが続いている
神経ブロック治療が電気治療にかわり薬も、寝る前にリリカOD75mg1錠トリプタノール10mg2錠と減った。
なにかに熱中していれば痛みを忘れられるので日常生活には支障はなくなったが、薬を飲み忘れることもある
ただ飲み忘れると痛みが強くなって現れる
医師は傷付いた神経は治らない、薬を飲みなが一生付き合うことになるかもしれないという